ADHDやASDの人は記憶力がいい?記憶力の特徴や長所を活かす方法を解説
注意欠陥・多動(ADHD)や自閉スペクトラム症(ASD)の人の多くは、記憶力に特徴があります。
記憶力が良い・悪いで単純化できるものではなく、
- 短期記憶が苦手なものの、長期記憶は得意
- 特定分野の記憶力のみ特出している
などの個性があります。
個性的な記憶力には、障がい特性が影響していることがあります。記憶力を伸ばす支援をするのであれば、特性への理解が欠かせません。
この記事では、記憶のメカニズムと障がい特性を結びつけて説明します。特性が記憶力にもたらす影響がわかるでしょう。
ADHD、ASDそれぞれの記憶力を高めるポイントも説明します。特性に寄り添い、当事者の悩みを解決するきっかけになるでしょう。
1.ADHDとASDは記憶力が両極端の発達障がい
注意欠陥・多動(ADHD)と自閉スペクトラム症(ASD)は、記憶力に両極端な特徴があります。具体的な事例も交えて説明します。
1-1.ADHDは注意力不足や多動が特徴
ADHDは先天的要素が大きな発達障がいです。
注意力不足や多動、衝動性などの特徴が12歳以前から現れます。落ち着きがなく、物事に集中できないため、保育所や学校生活で困難を感じがちです。
<ADHDの主な症状>
・集中できない
・気が散りやすい
・物をなくしやすい
・じっとしていられない
・静かに遊べない
・待てない
・ケアレスミスが多い
・期限のある約束が守れない
・物事を先延ばしにする
症状は薬で緩和できるものの、根本的な治療は不可能です。できるだけ症状が現れないよう、生活環境を整え支援します。
1-2.ADHDは記憶力が悪いと言われる
ADHDは障がい特性の影響で、記憶力が悪いと言われます。学校や社会生活では、次のようなケースが考えられます。
- ついさっきした約束を忘れる
- 延々と暗記ができず、テスト勉強に苦労する
- 頭の整理がつかず重要な記憶が飛んでしまう
詳細は第3章で説明します。
<関連記事>
『二つのことを同時にできないのは発達障がい?原因と対処法を解説』
1-3.ASDはこだわりや繰り返しの行動が特徴
ASDは自閉症、アスペルガー症候群、広汎性発達障がいの総称です。症状に重なる部分が多いため、まとめて表現されるようになりました。
遺伝的な要因が強い脳機能障がいで、独特の感性やこだわりの強さ、対人関係の困難が特徴です。幼少期から症状が現れやすく、日常生活でしばしば困りごとに直面します。
<ASDの特徴>
・人との適切な距離がわからず、人間関係の構築が難しい
・想像力が乏しく、場の空気を読めないことがある
・こだわりが強く、特定の行動を繰り返す
・感覚が過敏、または極端に鈍い傾向にある
・運動が苦手
現在までに有効な薬物療法は確立されていません。特性を理解し、当事者が生きやすい環境の整備が重要です。
1-4.ASDは記憶力がいいと言われる
ASDは障がい特性により、記憶力が良いと言われます。天才的な記憶力で、周囲を驚かせる人もいます。
記憶力の良さは、次のようなケースで実感できます。
- 過去の場面をまるごと覚えている
- 特定の物事に関する知識を大量に記憶する
- 毎日繰り返す作業は時間が経っても忘れない
詳細は第5章で説明します。
関連記事:『ASDの子ども達の記憶力は特徴的で、良い方向に活かしていく支援が必要です。』
2. 記憶のメカニズム
記憶のメカニズムを確認しましょう。記憶の種類や仕組みを知ることで、ADHDやASDとの結びつきも理解できます。
2-1.記憶には短期記憶と長期記憶がある
記憶は情報を保ち、必要に応じて呼び起こす脳の作用です。
情報を保持する時間により、短期記憶と長期記憶にわかれます。ほとんどは短期記憶で、長く脳内にとどまりません。
短期記憶:数秒から1分程度の、短い間だけ保持される情報です。脳の奥の海馬という部分に一時的に保持されます。
長期記憶:短いもので数分、長いものは年単位で保持される情報です。海馬から、大脳皮質という部分に送られることで、長期記憶になります。
2-2.作業に必要な一次記憶「ワーキングメモリ」
ワーキングメモリとは、記憶を活用し、意思決定や計算、発話、思考などをおこなう脳機能です。主に短期記憶が活用されます。
目や耳から入った情報が保持されている間に、ワーキングメモリが機能することで、適切な行動を実行できます。
ワーキングメモリが大きい人は、一度に多くの情報を処理できます。小さい人は、適切な情報処理がおこなえません。
(参照:ワーキングメモリー | 脳科学辞典)
2-3.ADHDもASDもワーキングメモリが小さい
ADHDやASDの人は、ワーキングメモリが小さい(機能が弱い)と言われます。
ADHDの人は、些細な刺激にも反応し集中できないため、情報が脳に入りません。処理できる情報の不足で、ワーキングメモリがうまく機能しない場合があります。
ASDの人は、ワーキングメモリの一部分のみしか活用しない傾向があります。視覚で捉えた情報に頼り、耳からの情報や、長期記憶に保存された情報を利用しないのです。
両者とも情報を十分に活用できず、「記憶力が悪い」(※注)と判断されることがあります。
※注)記憶力が良いと言われるASDの人も、短期記憶が苦手です。第6章で説明します。
(参照:LD、ADHD、高機能広汎性発達障害の児童の認知機能の診断と治療教育 | 鳥居深雪、杉田克生)
(参照:自閉症のワーキングメモリー | 越野英哉)
2-3-12.大人でもワーキングメモリが低いまま?ワーキングメモリの改善
近年の研究で、ワーキングメモリのトレーニング効果が明らかになっています。(※注)
ADHDの子どもに、1日20分、週4〜6日、5〜6週間専門的なトレーニングを実施した結果、主に視覚で情報を捉え、認識する能力が向上しました。
これまで、ワーキングメモリを鍛えるのは難しいと考えられていました。複数の実験が成功したことで、今後の支援効果が期待できるでしょう。
※注)以下の文献を参考にしています。
(参照:ワーキングメモリと発達障害 | 湯澤美紀)
関連記事:『発達障害の子ども達のワーキングメモリーを強化し将来を見通す力をつけましょう。』
3.ADHDはなぜ記憶力が悪い?影響する3つの特性
ADHDの特性が記憶力に与える影響を掘り下げて考えます。
記憶力の悪さに結びつく特性は3つあります。
3-1.衝動性が強く興味が変わりやすい
ADHDは衝動性が強く、興味が変わりやすい特性をもっています。興味を持たなければ、見聞きしたものは頭に入りません。頭に入らなければ記憶もできません。
先生が大切な話をしても、遠くの景色に興味が向いていたら、なんの情報も得られないでしょう。聞く気はあっても、すぐに興味がそれるのです。
3-2.物事に集中できない
物事に集中できない特性もあります。一つの物事に注意を向け続けるのは難しいでしょう。集中が切れてやめてしまいます。
長期記憶の形成には、繰り返しの見聞きや、口に出すなどの行動が必要です。対象への集中は必須です。集中力がないと、長期記憶が保存される前に情報が消えてしまいます。
3-3.多動で情報量が多すぎる
多動の特性も影響します。次から次へと新しい情報を感受し続けるため、頭が整理されません。脳は大量の情報を処理しようとフル回転しています。
新たな情報を記憶することも、蓄積された記憶を取り出すことも、容易には進まない可能性があります。
脳内多動の状態で、脳の動きが限界を超えているからです。ごちゃごちゃでパニックになり、なにも手につかないかもしれません。
4.ADHDの人が記憶力を高める4つの方法
ADHDの記憶力は、障がい特性を理解し対策すれば改善できます。ポイントは特性が出にくい環境をつくることです。周囲の理解と適切な行動をサポートすることで、記憶力をカバーします。
4-1.外部刺激が少ない環境で興味を限定する
興味の散漫を防ぐには、外からの刺激が少ない環境づくりを心がけましょう。
なにかを覚えたいときには、
- 個室や個別ブースで外の音を遮断する
- 机の周りに余計なものを置かない
- パソコンやスマホなど情報機器を置かない
などの工夫が必要です。
集中できれば、情報は脳に入ります。長期記憶も形成されやすくなるでしょう。
関連記事:『ADHDでは環境調整で学習面の問題が改善できることが多々あります。』
4-2.集中が続くよう時間を区切って作業する
集中が続く最低限の時間に区切って作業することも大切です。
学校では、
・通常の授業を2分割する
・集中できなくなった時点で中断する
などの工夫が考えられます。
集中して授業を受ければ、先生の話も頭に入ります。重要な点も保持されやすくなるでしょう。
4-3.物事に優先順位をつける
物事に優先順位をつけるのも大切です。なにを最初にするか決めておけば、頭がごちゃごちゃになりません。目の前の物事に集中し、長期記憶の形成・利用がしやすくなります。
子どもには大人が優先順位を示しましょう。先の展開を理解していれば、むやみに取りかかり、パニックに陥ることがありません。
関連記事:『発達障害では優先順位をつけるのが苦手なことが多くサポートが必要です。』
4-4.一つの物事だけを指示するようにする
複数の物事を指示せず、一つの物事だけに集中させることも大切です。
一つの作業なら、ワーキングメモリが小さくても対応可能です。一つひとつ、着実にやり遂げられるよう工夫します。
さまざまなことを一度にすると、ワーキングメモリが限界になることもあります。情報を処理しきれず、すべてが中途半端に終わるでしょう。一つもタスクを終えられないかもしれません。
勉強は一つの科目の一つの演習だけに集中させます。仕事なら、電話や来客対応は他人に任せ、眼前の物事に集中しましょう。
5.ASD(アスペルガー症候群)はなぜ記憶力がいい?影響する6つの特性
ASDの特性が記憶力に与える影響を掘り下げます。ポイントは6つの特性です。
5-1.こだわりが強く興味が限定的
ASDの人は、特定の物事に強い興味を示します。興味があるものは何度も見聞きするため、長期記憶として保存されやすくなります。
子どもでも、趣味に異様に詳しかったり、好きな科目だけずば抜けて成績が良かったりと、高い能力を示すことがあります。能力をうまく伸ばせば、学者や研究職につくことも夢ではありません。
アインシュタインやモーツァルトなど、ASDだったのではないかと指摘されている偉人もいます。限定的な興味がもたらす記憶力は、社会で大きな武器になり得ます。
関連記事:『ASD(自閉症スペクトラム)のこだわり行動|理由に応じた対応で改善していきます。』
5-2.同じ行動を好むことで長期記憶が形成される
同じ行動を好む特性も、長期記憶に有利に働きます。
ASDの人はさまざまなものにマイルールをつくり、ルーティンにします。ルーティンになったものは、強いこだわりを持ち持続されます。
大脳皮質に取り込まれ長期記憶になるのは、強く刻み込まれた情報です。繰り返しの行動は、同じ情報を脳に送り込みます。情報が強化され、長期保存されるにふさわしい状態になるのです。
本人が意図せずとも、長期記憶が形成されます。
5-3.感覚が過敏で印象が強く残りやすい
ASDの特性に、感覚過敏があります。定型発達者と比べ、視覚や聴覚、触覚などが過敏で、刺激を多く捉えてしまいがちです。
大きな刺激があると、快・不快の感情が伴います。感情を伴った経験は、強く刻み込まれる情報です。大脳皮質に送られやすくなり、長期記憶として保持されます。
人によっては、何年経っても不快な感情が思い出され、苦痛の種になるかもしれません。
5-4.視覚で情報を捉える能力が優れている
ASDのワーキングメモリは、視覚で捉えた情報の処理が得意です。見えているものを、そのまま写真のように捉える傾向があります。一つひとつのものに着目するよりも、一度に多くを記憶できます。
山の風景を見る場合、「上流に滝があった」「山の上には雪が積もっていた」と言語化せず、景色全体を目に映るまま記憶します。
写真で撮るように記憶しているため、過去の出来事を昨日のことのように覚えていられるのも特徴です。
5-5.サヴァン症候群で高い能力を発揮することがある
記憶力の良さには、サヴァン症候群が影響している可能性もあります。
5-5-1.特定分野に高い能力を持つサヴァン症候群の影響
サヴァン症候群は、精神障がいや知的障がいがありながらも、特定分野に高い能力を発揮する症状です。
障がいが重度の人によく見られます。症状保有者自身を指す用語でもあります。
・通り過ぎる車のナンバーをすべて覚えられる
・一度メロディを聴けば、譜面にして演奏できる
・その日訪れた場所を細部まで絵で描ける
など、「天才」としか呼べない能力を持っています。
5-5-2.自閉症やアスペルガー症候群はなぜ天才型と言われる?
ASDの人には、サヴァン症候群が多いと言われます。割合は自閉症児(※注)の4人に1人です。
自閉症やアスペルガー症候群の人は、天才型と言われることもあります。サヴァン症候群が身近に認知されてきたからこそ、際立つ特徴に挙げられるのでしょう。
※注)参照した資料に表記をあわせています。自閉症はASDの一種です。
(参照:サバンと自閉症(1) | 国立特別支援教育総合研究所)
5-6.情報を選ばず記憶する
情報を選択できない特性もあります。すべてを記憶するため、大量の情報が保持されがちです。
ASDは感覚が鈍いことがあるため、見聞きした情報から重要な要素だけ選ぶのを苦手とする人もいます。すべてを見えるまま、聞こえるままに感受します。
教科書の学習でも、大切な部分のみ端的に覚えるのではなく、章全体を記憶する読み方になるかもしれません。
6.ASDは記憶力が悪い一面もある
ASDの記憶力は、特性の影響を強く受けます。
こだわりや特定条件のもとでしか能力が発揮されないことも少なくありません。範疇を超えると、記憶力が悪いとみなされることもあります。
6-1.言語的・聴覚的な処理が苦手
ASDのワーキングメモリは、視覚に依存しています。言語化された情報や、音だけの情報処理は苦手です。
先生の話を聞いて書き写すことや、長い文章の内容を覚えるのは、困難に感じる子が多いでしょう。学校の勉強では、記憶力の悪さを露呈する場面が多いかもしれません。
(参照:自閉症のワーキングメモリー | 越野英哉)
6-2.短期記憶ができないとみなされる
脳に入ってくる情報は、短期記憶として海馬に保持されます。ASDは聴覚で捉えた情報の処理が苦手なため、短期記憶をもとに行動できないケースがあります。
友達との会話でも、情報処理が進まないために、必要な返答ができないかもしれません。
友達からは短期記憶ができないとみなされるでしょう。
(参照:事例No.57(ASD)耳からの情報に弱く短期記憶が苦手との相談 | 独立行政法人日本学生支援機構)
6-3.興味の偏りが記憶力の差を生む
ASDは興味が偏っているため、記憶力にも差があります。特定分野に高い能力を発揮しても、ほかはまるで駄目なことも少なくありません。
6-3-1.記憶力が異常にいい人と悪い人
ASDには、記憶力が異常に良い人、悪い人がいるように感じるかもしれません。原因は、興味の方向性です。
興味が向く内容には、驚くほど高い記憶力を見せます。いっぽう興味がない分野は、気にとめることさえしません。
7.ASDの人が記憶力を高める4つの方法
ASDの人が高い記憶力を発揮できるよう、4つの有効な方法を説明します。
7-1.記憶したい物事を興味のあることに結びつける
記憶したい物事があれば、興味のあることに結びつけると良いでしょう。ASDは、興味のある分野には高い記憶力を発揮するためです。
たとえば、日本の地理や歴史を記憶するとしましょう。
道路が趣味で地図ばかり見ている子どもには、道路の視点から日本地理を説明します。道路と関連付けて勉強すれば、暗記が円滑に進むでしょう。
日本地理に興味が持てたら、地理の知識で日本史の出来事を見ていきます。
興味の幅が広がり、記憶できる範囲が増えるでしょう
7-2.感覚の鈍さに配慮する
ASDの人は、光や音などの感覚に対し過敏、または鈍麻なことがあります。
感覚が過敏なほど、記憶には残りやすくなります。記憶力を高めるために必要なのは、鈍麻への対策です。
鈍麻は聴覚や味覚、触覚などで起こります。記憶力に結びつきやすいのは聴覚です。
・要件は口頭だけでなく、文書でも伝える
・子どもには絵や写真を使用する
などの工夫で、情報を確実に伝えられます。複数回伝達することで、長期記憶にできるでしょう。
詳細は、以下の関連記事をご覧ください。
※注)ASDの鈍麻で問題になるのは、主に聴覚や嗅覚、触覚です。記憶に影響しやすいの
関連記事:『発達障がいの兆候?特定の音・大きい音に敏感な赤ちゃんへの対処法』
7-3.繰り返しおこなうマイルールをつくる
ASDは常同的な行動を好みます。記憶したいこともルーティンに組み込むと良いでしょう。マイルール化すれば、こだわりを持って続けます。長期記憶の形成が促進されるでしょう。
英語を覚えたければ、朝食前に英文の流し読みを日課にします。休日には字幕なしで洋画を見る習慣づくりも良いかもしれません。
マイルールができれば、自然と長期記憶に残りやすくなるでしょう。
7-4.できる限り視覚で処理できるように工夫する
物事をできる限り視覚で捉えられるよう工夫しましょう。
子どもに日常生活のルールを教えるときは、言葉や文字ではなく、絵で教えます。禁止事項の絵を描き、視覚で捉えられるようにしましょう。
算数では、できる限り道具で理屈を説明します。分数なら円状の紙を用意し、実際に切ってみせると記憶しやすいでしょう。
さいごに
ADHDもASDも記憶力に特徴があります。障がい特性と記憶力とのつながりを理解し、有効な対策を実践しましょう。短所が埋まり、当事者の能力を伸ばせるでしょう。
私たち「こどもプラス」は、障がいがある子ども達を支援する放課後等デイサービスを、全国190ヶ所で運営しています。
私たちが提供する療育は、ADHDやASDの特性に徹底的に寄り添います。記憶力に不安がある場合も、脳を活性化させるトレーニングにより、改善が期待できます。
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